WEBでちょい旅 一厘録 ICHIRINROKU

油麩どんぶり(宮城県)2013.05.09 /food

「油麩、食べたいなあ」父が晩年、ふと漏らしたこの言葉をときどき思い出します。仙台麩と同じものですが、父の郷里である宮城県北部では「油麩(あぶらふ)」と呼ぶそうです。「麩を油で揚げてあってな」という説明を聞いても、味も姿も想像がつかない母と私に、「だしで煮てなぁ、おいしいものなんだ。味噌汁にも入れる」と懐かしそうに話していました。

油麩、都内スーパーで目撃

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ほどなくして都内の生協で私はその実物に遭遇しました。乾物コーナーを物色している私の目に入った「油麩」の文字。「これってもしや?」と製造元を確認すると、やはり宮城県。すかさずカゴに入れ、家に帰ってネットでレシピ検索。自分では食べたことがないのでまずは試食と、茄子と合わせた炒め煮を作ってみました。そう、確か夏でした。まずまずの出来だったので、またそれを作って実家に持って行こうと本番用にもうひとつ買い求めておきました。ところが夏が終わる頃、父は体調を崩し、あれよあれよと要介護への道をまっしぐら。入退院や転院を繰り返す日々が過ぎるなかで、その本番用は賞味期限切れになってしまいました。

長いリハビリ生活を余儀なくされた父でしたが、2011年の春分の日をまたぐ二泊三日の予定でようやく一時帰宅できることになり、私は再び油麩のことを思い出していました。炒め煮はおいしかったけれど、季節も変わっていたし、父が昔食べていた油麩料理とは少し違うような気がしていたのです。しかし、改めてレシピを探すことにしたその矢先、東日本大震災が起きてしまいました。

2011年春、油麩入荷せず

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地震の影響が製造や物流に及んだことは想像に難くありません。例の乾物コーナーから油麩は姿を消していました。でもそのときの私には正直、油麩のことなんてどうでもよくなっていました。それよりも、父の妹である叔母の安否情報を探すのに必死になっていたからです。地震から数日後、各地の避難所に掲示される避難者名簿の写真を閲覧できるページをGoogleが開設しました。そこにアップされる写真を順次、漏らさずチェックしていく。私はこの作業に没頭しました(仕事も一応していました)。

名簿の文字は、なぐり書きのような慌てて書かれた文字も多く、叔母と同じ姓を見るたびにハッとして下の名前を確認するのですが、探せど探せど叔母の名には行き当たりません。「どこかの避難所にいるはずだ」という信念が揺らぎかけた頃、母が留守を守る実家の電話が鳴りました。叔母の嫁ぎ先の親戚筋という人からの、「夫婦一緒に、家ごと流された」という知らせでした。

もうリストをチェックする必要のなくなってしまった私は、一時帰宅の直前になって、新宿や日本橋のデパートにも足を運んでみましたが、油麩を手に入れることは結局できませんでした。見つかったところで、そのタイミングで油麩を料理して持って行ったかどうか。今となってはそれも分りません。「叔母さんは無事だったよ」その言葉を聞けずに何を食べたって、父にとっては砂を噛むようなものだったでしょう。 数ヶ月ぶりに家に戻ってきた父に、母から叔母の消息が伝えられました。「仲のいい夫婦だったから」と言うと、固まった表情のまま、それ以上の言葉はありませんでした。

「ふよふよ~ん」という不思議な食感

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お盆に精進料理として食べられていた油麩は、父が子どもだった戦前はちょっとしたご馳走だったのかもしれません。しかし食文化が欧米化するなかで「おばあちゃんの料理」的ポジションに追いやられ、人気は低迷の一途を辿ったようです。それを見直すきっかけになったのが、30年ほど前に考案されたという「油麩丼」。B級グルメブームと健康志向が追い風となり、今やそこそこ有名なご当地どんぶりになっています。

この料理、油麩のことを調べるとたいてい最初に出くわすのですが、父にとっては「おばあちゃんの料理」のほうが懐かしいだろうとその当時はスルーしていました。でもずっと気になる存在として、頭のすみっこにインプットされていたのです。なので満を持してのチャレンジとなったわけですが、まず大切なのはその見た目です。精進料理のセオリーを踏襲し、麩を肉に見立ててカツ丼風に仕上げます。どうでしょう?冒頭の写真、カツ丼っぽいですか?

おつゆがしっかり沁みた油麩と半熟卵があいまった「ふよふよ~ん」とした食感は、確かに他に例えようがないかも。この「ふよふよ~ん」を何度も確かめるように食べているうちに丼一杯ペロリです。

地元の登米市では学校給食のメニューにもなっているそうです。時代が変わり、食のスタイルも変わったけれど、子どもの頃から慣れ親しんだ郷土の味として、これからも受け継がれていくのですね。

ライター:菊池桂

information

油麩丼の会

WEBサイト
http://www.aburafudon.com/
住所
宮城県登米市登米町寺池三日町22
TEL
0220-52-2016
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