WEBでちょい旅 一厘録 ICHIRINROKU

もっきり(岩手県)2016.03.15 /food

年に1度か2度、盛岡に通うようになって5年以上経つ。仕事の都合で全国のさまざまな地で暮らしたいとこ夫婦が、定住の地を盛岡に定めたのは7年ほど前のこと。数多くの土地で暮らした二人が、自分たちの意思で選び、住みだした街を見てみたかった。初めて訪れた盛岡は、実に気持ちのよい街だった。

「もっきり」ができる店も今では2軒に

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市の中心部に北上川と中津川、2つの清流が通り、風が心地よく通り抜けていく。はるかかなたには岩手山が優美な姿を見せる。
山の幸はもちろん、内陸部ながら三陸からもたらされる海の幸も豊富だ。米どころでもあり、水がよいので地酒が美味しい。
そして、「何より、人がいいんだ」といとこが、つぶやいた。
二人からは、季節ごとに誘惑の便りが届く。
「八幡平の紅葉を見てきました」
「そろそろ、きのこラーメンがおいしいですよ」
「中津川に鮭が上ってきました」
そんな強力な誘惑のひとつが、「もっきり」である。

「もっきり」、もともとは「もっきり酒」。語源は「盛り切り」だと思われる。つまり、コップにぎりぎりまで酒を注ぐことだ。
居酒屋では、「お銚子にしますか、もっきりにしますか」というように使われる。また、転じて盛岡では酒屋の店先でお酒を飲むことを「もっきり」と言う。西日本では「角打ち」にあたるだろう。
「『もっきり』行ぐべ」
初めて盛岡をおとずれたとき、いとこに誘われた。

「もっきり」ができる酒屋は、市内に数軒あったのが、現在では2軒にまで減ってしまったという。その1軒が「平興酒店」である。
地酒「菊の司」の蔵元の向かい側に「平興商店」がある。「菊の司」とは親戚筋にあたるという。引き戸を開けると、お酒が並ぶショーケース、その奥にはテーブルが置かれている。
ここが「もっきり」の場だ。

酒を「迎えにいく」という至福

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壁に貼られたお品書きには、「ふなしぼり」「純米辛口七福神」「にごり酒」「平興オリジナル」……「菊の司」のさまざまな銘柄が並ぶ。200円から、一番高い「大吟醸てづくり七福神」でも400円という、やさしい値段だ。「にごり酒」をお願いすると、おかみさんが、テーブルに置いたコップに一升瓶から注いでくれる。トクトクトクッ。そして、コップのふちぎりぎりで止める。
表面張力、まさに「もっきり」。おかみさんの技である。

ここでは、恰好を気にしてはいけない。コップを動かしては「血の一滴」がこぼれてしまう。口をコップのふちに……「迎えにいく」のである。
にごり酒のやさしい味わいが、じわっとおなかに沁みわたる。ふわっとした気分に浸っていると、黒猫がやってきた。
「あら、ごめんなさいね、その席はミーちゃんの指定席なの」
おかみさんの言葉で、端の白い椅子に座っていたいとこが隣にずれる。「ミーちゃん」はしなやかに、優雅にその指定席に座るのだった。
「ミーちゃん、いい子ですねえ」
「うちの看板猫なんですよ、この前雑誌にも紹介してもらったんです」と、うれしそうにおかみさんが微笑む。

「平興学校」の燗酒はフラスコ

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常連らしき方が2人、次々とやってきた。
「ここは『平興学校』って呼ばれてるんだよ」
いとこが教えてくれた。
「お客さんにはいろんな仕事の人がいるからねえ。ここで飲んでれば、勉強になるからだよー」と、さっき飲み始めたおなじみさんの一人。なるほど、店内にはたくさんの書や絵、俳句が掲げられている。「もっきり」しながら時事や芸術について語り合い、ときには熱くなったりもするのだろう。
眺めていると、お品書きに「カン付値段 フラスコ 400ml440円」とあるのに気づいた。あの、理科実験に使う「フラスコ」だろうか。
「学校だから、フラスコで燗すんのがなあ」。
いとこがつぶやくと、
「量がはっきりわかるからね」とおかみさん。
昔ながらの店内で、フラスコでつけた燗酒を飲む。なにやら本当に学校のようで楽しいではないか。
盛岡がまだ寒いうちに、また「平興学校」の生徒になろう。

ライター:本郷明美

information

平興酒店

住所
盛岡市紺屋町6-2
TEL
019-622-2753
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