虎(福島県)2014.03.04 /food
初めて「虎」という酒を飲んだ時のことは忘れられない。シュワッと口のなかに広がったあと、酸味と甘みがじんわりと沁みとおっていく。なんという幸福感。
その後、飲み仲間の間でも「虎」は大評判となった。大酒飲みの友人は「ゆうべは虎退治しちゃったよ〜。3匹!」などと語るのである。
えー、念のため通訳。「虎を3匹退治した」は、「虎を3本飲んだ」ということです……。
私は昔から濁った酒が好きである。
日本酒を濾す前の米の粒粒が残る「どぶろく」もいいが、濾したとしても薄く「オリ」が残る「うす濁り」のお酒が好きだ。雲のようにたなびく、白いオリを見ているときのうれしさといったらない。
だが、今の日本で「濁った酒」といえば、お隣韓国産「マッコリ」のほうが人気のようである。特にあまりお酒が強くない人にとっては、日本酒より5、6度ほどアルコール度数が低いマッコリは飲みやすいものだ。
日本酒の濁り酒とマッコリは、兄弟のような酒だ。共に米と麹が原料。ただし、日本酒が米麹を使うのに対し、現代のマッコリは麦麹を使うのが一般的だという。また、マッコリのラベルを見ると、小麦粉とステビアなどの甘味料が加えられてることが多い。
だから、なおさら飲みやすく、女性に人気なのである。本来そのまま飲めるはずの酒に添加物を加えるのは、とても残念なことだが。
そして、もうひとつ残念なのは、熱処理していることが多いことだ。これは日本の濁り酒にも言えることだが、発酵し続けている酒を運ぶという輸送上のリスクと味が安定しないという問題があるからだ。熱処理すれば、あの「シュワッ」という発泡感はなくなってしまう。
ところが、である。「虎」は熱処理していない。発酵し続けているからシュワッとする。そして甘味料もなにも加えていない。自然界の微生物が生み出した味そのものだから、あんなにも爽やかだったのだ。
夜な夜な「虎退治」!?
その「虎」のボトルには、「国産マッコリ」と記されている。マッコリの国産とは韓国産? と思いラベルを確めたところ、なんと醸造元は福島の酒蔵だった。つまり、日本国産の「マッコリ」なのである。いったいなぜ? 蔵元である有賀醸造の有賀義裕さんは、そのきっかけを話してくれた。
「今から20年ほど前、卸業者の方から『飲食店向けにマッコリを作ってみないか』というお誘いがありました。偶然、その2ヶ月ほど前、私は上野で初めてマッコリを飲んでいたんです。ごくごく飲めるし、うまいものだなあと。そこで、『国産マッコリ』に挑戦することにしたのです」
原材料は米と米麹。日本酒と同じだが、アルコール度数を8度くらいまで下げなければならない。
「度数を下げると味のバランスが崩れてしまう。何度も試した結果、米の磨きを8割5分くらいにすることにしました。炊いて食べるときより、ほんのちょっと磨く程度です。つまり、ほんとうに昔の『どぶろく』ですね」
「国産マッコリ」とは?
こうして、“国産マッコリ”「虎」が誕生したのである。もちろん、熱処理をしないから、発泡している酒だ。
「8%という低アルコール度で、ゴクゴクと飲めるよさがあります。そして、何も加えていない自然の味だから飽きが来ないのだと思います」
そうなのです、有賀さん。美味しく飽きがこないので、今夜もまた「虎退治! 3匹目!」などと叫ぶ酔っぱらいが続出するのだ。もちろん、幸せな虎退治なのであるが。
この「虎」マッコリの存在は、熱処理で発酵を止めない日本酒の「発泡濁り」の増加にも一役買っているように思う。酒屋で見かける機会が、5年前よりも確実に増えているのは間違いない。
熱処理しなければ乳酸菌が生きているので、美容と健康によい。そして濁っているということは、アミノ酸などの栄養分も大変豊富なのだ。このジャンルは、今後さらに拡大するのではないかと思う。
韓国の酒「マッコリ」として売り出した日本産「虎」が、結局は日本の「濁り酒」人気を押し上げてくれるに違いない――。そんなことを考える、濁り好きののんべえなのである。
information
有賀醸造
- WEBサイト
- http://arinokawa.net/
- 住所
- 福島県白河市東釜子字本町96
- TEL
- 0248-34-2323
- 「虎」は基本的に飲食店向けの卸販売のみ。ただし、同じく熱処理しておらず、アルコール度数8%の濁り酒「霧の華」は通信販売も行っている。720ml 900円。